いまなぜ惑星地質学か
ー発刊にあたってー
小森長生 惑星地質ニュースvol.1, no.1, March 1989
月や惑星の探査がすすみ、また地球を宇宙的な視野から研究することが可能になって「惑星地質学(Planetary Geology)」という新しい学問分野がクローズアップされる時代になってきた。
地質学は長いこと地球そのものを研究対象にしてきた。いいかえれば、地質学という学問は、地球という1つの特殊な惑星の上で発展してきた学問であったといえる。
しかし、ここ20数年の間に事情は大きく変わってきたのである。月に人間が降り、火星や金星に探査機が着陸するにおよんで、これらの天体を従来の地質学と同じ方法で研究できるようになった。惑星地質学が、いよいよ自己の存在を主張できる時代になってきたわけである。われわれにとって月や惑星は、南極大陸に次ぐ新しい大陸、いわば開拓を待つ未開の領域である。この新しい世界へ人類が進出する意義は、学問的にも極めて大きい。
新しい大陸は、さまざまな点で地球にはない魅力をそなえている。月や水星のように大気のない世界は、地球上ではとうの昔に消えてしまった原始の姿をとどめている。希薄な大気と寒冷な世界の火星には、月とも地球ともちがったどくどくの活動の跡がある。焦熱地獄の金星でおこる地質活動には、何か妖しい秘密が隠されていそうだ。木星や土星の氷衛星も面白い。
地球の地質学の方法を適用するといっても、これらの世界にそれをそっくりあてはめることはできない。重力のちがいといった物理条件や、大気や水の有無、大気や地殻の組成のちがいといった環境などの相違が、地球とは異なったさまざまな地質現象を生み出す。こうした千差万別の地質現象を広い視野で見つめていくことによって、地球の地質学という、ある意味では”特殊”な学問であった従来の地質学を、より普遍的な学問に高めていくことができるだろう。マグマの概念1つをとっても、珪酸塩から硫黄、水へと、われわれは視野の拡大をせまられているのである。
惑星地質学は、アメリカやソ連では既にそれなりの市民権を獲得し、一般の地質学者がごく日常的に議論しあっているという。自前の探査手段と成果を手にしている者の強味といってしまえばそれまでであるが、彼らがわれわれより数歩も先を歩んでいることは否定できない。
ひるがえって我が国の現状を見ると、惑星地質学への関心はまだきわめてうすい。日本の月探査計画も本格化しようとしている今日、地質学者は惑星地質学に無関心ではいられなくなっている。それにもかかわらず、地質学者達の目は依然として地球の重力の鎖につながれている。この状況を何とかして打開したいという気持ちが、このたび「惑星地質研究会」を新たに発足させることになった。
惑星地質学はまだ若い学問であり、その体系化はこれからの課題である。探査の進展とともに、テーマは無限に出てくるだろう。そして、多くの分野の人たちの関心と努力で、新しい学問体系が確立されていくであろう。それとともに惑星地質学が、行きづまった資源・環境問題をも打開する、人類にとって最も実践的な学問としての役割もはたすだろう。惑星地質学が、21世紀に花開く希望に満ちた学問になることを願って、発刊のことばとしたい。
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